株式会社バリューアップ:多様な働き方を推進する目標設定・評価制度の刷新で、従業員の自律性とエンゲージメントを高めた事例
多様な働き方への適合に課題を抱えていた目標設定・評価制度
多様な働き方の導入・推進は、多くの企業にとって喫緊の課題となっています。しかし、制度を導入するだけでは定着せず、むしろ従来の評価制度との間にひずみを生み、従業員の不公平感やエンゲージメント低下を招くケースも少なくありません。
株式会社バリューアップ(仮称)様(以下、バリューアップ様)も、以前からリモートワークやフレックスタイム制度を導入し、多様な働き方を促進されていました。しかし、従来の年功序列やプロセス重視の目標設定・評価制度では、時間や場所にとらわれない働き方や、見えにくい場所での成果を適切に評価することが困難になっていました。特にリモートワーク下では、従業員の勤務態度やオフィスでの貢献が見えにくくなったことで、評価に対する納得度が低下し、エンゲージメントが伸び悩むという課題に直面されていました。
このような背景から、バリューアップ様は多様な働き方を真に機能させ、従業員の自律性を高め、組織全体の生産性向上につなげるためには、評価制度そのものの抜本的な見直しが不可欠であると判断。多様な働き方を前提とした新しい目標設定・評価制度の刷新プロジェクトを立ち上げられました。
目標設定・評価制度の刷新と、それを支える具体的な取り組み
バリューアップ様が目指したのは、「多様な働き方でも公平かつ納得度の高い評価を実現し、従業員の自律性とエンゲージメントを向上させる」ことでした。そのために、以下の具体的な取り組みを実施されました。
1. 目標設定プロセスの刷新
- ジョブ型志向の要素導入: 期初に上司と部下が対話を通じて、担う役割と期待される具体的な成果(定量的および定性的)を明確に定義する新しい目標設定シートを導入しました。これにより、従来の「何をどれだけ頑張ったか」というプロセス評価から、「何をしてどのような成果を出したか」という成果評価へのシフトを促進しました。
- OKRのエッセンス活用: 目標設定においては、OKR(Objectives and Key Results)のエッセンスを取り入れ、挑戦的でありながらも測定可能な「Key Results」を設定することを推奨しました。これにより、従業員一人ひとりの目標が、部門や全社の目標とどのように連動し、貢献するのかを可視化しました。
- 目標管理システムの刷新: 目標設定・進捗管理を効率化するため、クラウドベースの目標管理システムを刷新導入しました。これにより、目標や進捗状況をリアルタイムで共有できるようになり、特にリモートワーク下における目標の認識合わせや共有を容易にしました。
2. 評価プロセスの刷新
- 評価サイクルの短縮とチェックイン: 半期ごとの評価に加え、四半期ごとに目標の進捗確認を行う「チェックイン」を導入しました。これにより、変化の速いビジネス環境や多様な働き方の中でも、柔軟に目標の軌道修正や調整が可能となりました。
- 多面評価(360度評価)の導入: 上司だけでなく、同僚や部下からのフィードバックを収集する360度評価を本格的に導入しました。これにより、リモートワーク下では見えにくいチームへの貢献度や協調性、リーダーシップなどを多角的に評価することが可能となりました。
- コンピテンシー評価項目の見直し: 従来の評価項目に加え、「自律性」「問題解決能力」「貢献性」「変化対応力」など、多様な働き方やリモートワーク環境下で重要となるコンピテンシー評価項目を追加しました。
- 評価者研修の強化と透明性の向上: 評価者である管理職に対し、新しい目標設定・評価プロセスの理解、評価基準の統一、評価会議での議論の進め方に関する実践的な研修を繰り返し実施しました。また、評価会議における議論の透明性を高めることで、評価者間の評価基準のばらつきを抑制するよう努めました。
3. フィードバック文化の醸成
- 1on1の実施促進と質向上: 管理職と部下の定期的な1on1ミーティングの実施を奨励し、目標進捗の確認だけでなく、キャリアに関する対話、メンタルヘルスを含むウェルビーイングに関する相談など、質の高い対話ができるよう管理職向けの研修やコーチング支援を実施しました。
- ピアボーナス制度の活用: 日頃の感謝や貢献を気軽に送り合えるピアボーナス制度を導入・促進し、給与や賞与といったフォーマルな評価とは別に、日々の行動やチームへの貢献を可視化・評価する仕組みを構築しました。
課題を乗り越えた導入プロセスと解決策
新しい目標設定・評価制度の導入は、計画段階から全社展開、そして運用後の改善というフェーズを経て実行されました。
導入にあたっては、経営層が改革の必要性と方向性を強く打ち出し、人事部が中心となりつつも、経営企画部門や各事業部門から代表者を集めた横断的なプロジェクトチームを組成しました。外部コンサルタントの知見も借りながら、従業員アンケートやヒアリングを通じて現場の課題を洗い出し、新制度の設計を進めました。
設計された新制度は、まず一部部門で試験導入され、そこで見つかった運用上の課題や従業員の声を丁寧に収集し、制度やプロセスの改善に反映させました。その後の全社展開においては、新しい評価制度やシステムの操作に関する説明会をオンライン形式も活用して複数回開催し、管理職向けには評価スキル向上に特化した研修を重点的に実施しました。
この過程で直面した主な課題と、それに対するバリューアップ様の解決策は以下の通りです。
- 課題1: 管理職の評価スキル不足と負担増: 新しい多面評価や頻繁なチェックイン、質の高い1on1といったプロセスは、管理職にとって新たな負担となりました。また、従来のプロセス重視から成果重視への評価観点の転換に戸惑う管理職も少なくありませんでした。
- 解決策: 管理職向けの評価スキル、目標設定(OKR含む)、効果的な1on1に関する実践的な研修を継続的に実施しました。また、評価システムによる入力補助や、評価項目の精査により、システム入力の負担を軽減する工夫を行いました。一部の管理職には外部コーチングを活用し、個別のスキル向上を支援しました。
- 課題2: 従業員の目標設定への戸惑いと評価への納得度: 成果を明確に定義する目標設定や、新しい評価プロセスへの理解不足から、従業員が目標設定に戸惑ったり、評価結果への納得感が得られにくいケースが発生しました。特に定性的な成果が多い部署では、目標設定の難易度が高まりました。
- 解決策: 各部門の特性に応じた目標設定ワークショップを開催し、個人目標が組織目標にどう繋がるかを丁寧に説明しました。定性目標の具体的な定義方法や、それをどのように評価するかのガイドラインを詳細に作成・配布しました。評価結果のフィードバック面談を義務化し、評価の理由や根拠を上司が丁寧に説明する時間を確保しました。ピアボーナスや360度評価の結果をフィードバックに取り入れることで、多角的な貢献が評価されている実感を持てるように努めました。
- 課題3: システム改修と運用: 新しい評価プロセスに対応するためのシステム改修は複雑であり、運用開始初期には操作に関する問い合わせや軽微なシステムトラブルが発生しました。
- 解決策: システムベンダーと密に連携し、アジャイル開発的なアプローチで従業員や管理職の声を反映しながらシステムを改修しました。操作マニュアルの整備、FAQサイトの公開、専任ヘルプデスクの設置、そして操作研修を繰り返し実施することで、従業員のシステム利用に関するハードルを下げる努力を行いました。試験導入フェーズで洗い出した問題点を事前に修正しておくことで、全社展開時の大きなトラブルを回避しました。
多様な働き方と両立する成果:自律性とエンゲージメントの向上
これらの取り組みの結果、バリューアップ様では目標設定・評価制度の刷新が、多様な働き方の定着と組織全体の活性化に大きく貢献しました。具体的な効果・成果は以下の通りです。
- エンゲージメントの向上: 定期的に実施している従業員エンゲージメントサーベイのスコアが、制度刷新後2年間で10%向上しました。「自身の目標が会社の目標と連動していると感じる」という項目では回答率が20%向上、「評価に納得感がある」という項目の回答率も15%向上しました。これは、目標設定の明確化と評価プロセスの透明性・多角性が、従業員の納得度向上に寄与したことを示唆しています。
- 自律性と主体性の向上: 従業員アンケートにおいて、「自ら課題を見つけ、解決に向けて主体的に取り組むようになった」という回答率が25%向上しました。目標設定においても、上司からの指示を待つだけでなく、自身の役割から主体的に目標を提案するケースが増加しました。成果を重視する評価制度へのシフトと、目標達成に向けた自律的な行動を促す仕組みが、従業員の意識変革につながったと考えられます。
- 生産性の向上: 定量的な評価は難しい面もありますが、制度導入後の一人当たり売上高は約15%向上しています(※評価制度以外の要因も複合)。また、目標管理システム上で追跡できるタスク完了率が向上し、会議時間の削減(平均10%減)といった効率化の兆候も見られました。自律性の向上や目標明確化が、個々の業務効率化や集中力向上に繋がった可能性が考えられます。
- 離職率の抑制: 特にエンゲージメントが向上した中堅層や優秀層において、離職率が制度導入前と比較して微減傾向を示しました。評価に対する不満が離職理由の上位から下位へと移動しており、評価の納得度向上が人材の定着に一定の効果があったと考えられます。
- 多様な働き方の定着: リモートワークやフレックスタイム、短時間勤務などの制度利用率が安定的に推移または増加しました。評価制度が多様な働き方をハンディキャップとしない設計になったことで、従業員が安心して柔軟な働き方を選択できるようになりました。
成功の要因分析と今後の展望
バリューアップ様の目標設定・評価制度刷新が成功した要因としては、以下の点が挙げられます。
- 経営層の強いリーダーシップと継続的なコミットメント: 単なる制度変更ではなく、多様な働き方とセットになった組織文化変革の核であることを経営層が強く打ち出し、繰り返しメッセージを発信したことが、従業員の意識変革を促しました。
- 横断的なプロジェクト推進体制と現場の声の反映: 人事部だけでなく、事業部門や現場の代表者を巻き込み、従業員アンケートやヒアリングを通じて現場の課題やニーズを制度設計に反映させたことで、実効性の高い制度となりました。
- 管理職への手厚いサポート: 新しい評価プロセスを担う管理職に対し、実践的な研修や個別サポートを継続的に行ったことが、制度の円滑な運用を支えました。
- テクノロジーの効果的な活用: 目標管理システムや多面評価システムを導入し、評価プロセスの標準化、可視化、効率化を図ったことが、運用の定着に貢献しました。
- 評価制度改革を目的ではなく手段として捉えた視点: 評価制度の改革を単体で終わらせず、「多様な働き方への適合」「従業員の自律性・エンゲージメント向上」というより大きな目的に紐づけて推進したことが、ステークホルダーの理解と協力を得やすくなりました。
バリューアップ様では、今後もこの取り組みを継続し、さらにブラッシュアップしていく計画です。例えば、AIを活用した目標進捗のサポート機能の導入、リスキリング支援やキャリア形成支援と評価制度との連携強化、そして従業員体験(EX)の視点を取り入れ、評価制度だけでなく、入社から退職までのあらゆる人事イベントにおける納得度・満足度を高める取り組みなどが検討されています。
まとめ:多様な働き方には評価制度の変革が不可欠
株式会社バリューアップ様の事例は、多様な働き方を単なる制度導入に留めず、その効果を最大限に引き出すためには、従来の目標設定・評価制度の抜本的な見直しが不可欠であることを示しています。成果を重視しつつも、多角的な視点を取り入れた評価プロセスと、それを支える管理職の育成、そして従業員への丁寧な説明とフィードバックの実施が、多様な働き方下における従業員の自律性とエンゲージメントを高める鍵となります。
本事例が、多様な働き方の推進に取り組む多くの企業の人事担当者の皆様にとって、実践的なノウハウや課題解決のヒントとなれば幸いです。