株式会社ボイスリンク:従業員の声収集・分析システム活用と組織文化改革で、エンゲージメント向上と定着率改善を実現した事例
はじめに:なぜ、従業員の声に耳を傾けることが働き方改革の鍵となるのか
今日の競争が激化するビジネス環境において、企業が持続的に成長するためには、多様な人材が能力を最大限に発揮できる働き方を追求することが不可欠です。多くの企業が働き方改革に取り組む中で、制度やツールの導入だけでは期待した効果が得られないケースも少なくありません。その原因の一つとして、従業員一人ひとりの声に十分耳を傾けず、実態やニーズに基づかない施策を一方的に進めてしまうことが挙げられます。
従業員の声を組織運営や働き方改革に反映させることは、単に制度を改善するだけでなく、従業員のエンゲージメントを高め、心理的安全性を醸成し、組織全体の当事者意識を育む上で極めて重要です。本記事では、従業員の声の収集・分析システムを戦略的に活用し、組織文化の改革と連動させることで、従業員エンゲージメントの向上と定着率の改善という具体的な成果を上げた株式会社ボイスリンクの事例をご紹介します。
株式会社ボイスリンクにおける多様な働き方導入の背景と目的
大手ITサービス企業である株式会社ボイスリンクでは、急速な事業拡大に伴い従業員数が増加する一方で、組織としての一体感の希薄化、部署間の連携不足、そして特に若手層を中心とした定着率の低下が課題となっていました。経営層はこれらの課題の根本には、従業員が組織に対して率直な意見を言いにくい風土や、自身の声が経営に届いていないと感じる意識があるのではないかと推測しました。
そこで、同社は形式的なアンケートだけではなく、従業員のリアルな声や感情を継続的に把握・分析し、それを具体的な施策に繋げる仕組みを構築することを働き方改革の重要な柱の一つと位置づけました。目的は以下の通りです。
- 従業員の現状の働き方に対する満足度や課題を正確に把握すること。
- 組織に対するエンゲージメントレベルを定量的に測定し、変化を追跡すること。
- 現場の声を拾い上げ、制度や環境改善の具体的な糸口とすること。
- 従業員が「声を聞いてもらえている」「自分たちの意見で会社が変わる可能性がある」と感じられる文化を醸成し、心理的安全性を高めること。
- 最終的に、従業員エンゲージメントと定着率の向上を実現すること。
具体的な取り組み内容:声の収集から分析、そして施策への連携
株式会社ボイスリンクが導入した主な取り組みは以下の通りです。
- 従業員の声収集・分析システムの導入: 匿名での意見投稿が可能な目安箱機能、定期的なパルスサーベイ機能、フリーコメントをAIで感情分析・キーワード抽出する機能を備えた専用システムを導入しました。これにより、多角的な角度から従業員の声を収集・分析できる基盤を構築しました。
- 全社定点観測パルスサーベイの実施: 月に一度、働きがい、組織への信頼、上司との関係性など、主要なエンゲージメント因子に関する簡易的なパルスサーベイを実施。これにより、短期的な変化や特定の出来事に対する従業員の反応をリアルタイムに近い形で把握できるようにしました。
- 目安箱(いつでも意見投稿)の積極的な活用推奨: システムの匿名性を強調し、日々の業務の中で感じた改善点や提案、疑問などを気軽に投稿できる文化を醸成しました。特定のテーマに関する集中投稿期間を設けるなどの工夫も行いました。
- 「ボイスリンク会議」の設置: 収集・分析された従業員の声を経営層や人事部門、各部署の代表者が集まり共有し、改善策を検討・決定するための定例会議体を設置しました。この会議で決定した内容は、速やかに全従業員にフィードバックする仕組みとしました。
- 「あなたの声が会社を変える」プロジェクトの発足: 従業員から寄せられた具体的な提案のうち、実現可能性の高いものについては、提案者や関係部署のメンバーを巻き込み、実際に改善活動を行うプロジェクトチームを組成しました。これにより、「声が届くだけでなく、実際に変化に繋がる」という体験を提供しました。
- 管理職への研修と意識改革: 従業員の声を受け止め、部下との対話を通じてより深いニーズを引き出すための1on1研修や、心理的安全性の重要性に関する研修を実施しました。管理職がチーム内の声の収集・把握・改善活動のキーパーソンとなるよう促しました。
導入プロセスと推進体制
導入プロセスは段階的に進められました。
まず、従業員の声収集・分析システムの選定と並行して、経営層と人事部門、現場キーパーソンによるプロジェクトチームを結成しました。このチームが中心となり、導入目的の明確化、システムの仕様検討、そして最も重要な「集めた声をどう活かすか」という運用ルールの設計を行いました。
システム導入後、まずは一部の部署でパイロット運用を開始し、システム操作に関する課題や、従業員が実際に声を上げやすいかどうかの感触を掴みました。同時に、集まった声に対するフィードバックを迅速かつ丁寧に行う体制を試験的に構築しました。
パイロット運用の成功とフィードバック体制の確立を確認した後、全社への本格展開を行いました。全従業員向けにシステムの利用方法、匿名性の担保、そして集まった声がどのように活用されるかについて、複数回の説明会と社内広報を徹底的に実施しました。特に「どんな小さな声でも歓迎される」「ネガティブな意見も改善のチャンス」というメッセージを繰り返し発信し、心理的なハードルを下げることに注力しました。
推進体制としては、人事部内に「従業員ボイス活用推進チーム」を設置し、システムの運用、パルスサーベイの設計・実施、一次分析、そして「ボイスリンク会議」の事務局機能を担わせました。各部署には「ボイスリーダー」を任命し、部署内の声の取りまとめや、全社的な取り組みを部署内に浸透させる役割を担ってもらいました。
直面した課題と、それに対する具体的な解決策
導入プロセスおよび運用開始後にいくつかの課題に直面しました。
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課題1:従業員の声が集まらない、本音が出にくい
- 解決策: 匿名性の確保を技術的・運用面で徹底し、その事実を繰り返し周知しました。「ボイスリンク会議」でのフィードバックを迅速に行い、「声は必ず届いている」という信頼感を醸成しました。また、ポジティブな意見だけでなく、改善要望や批判的な意見に対しても、感情的にならず建設的に対応する姿勢を経営層・推進チームが示し続けました。
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課題2:集まった声の量が膨大で、分析・対応が追いつかない
- 解決策: AIによる感情分析・キーワード抽出機能を活用し、大量のフリーコメントから傾向や緊急性の高い意見を効率的に洗い出しました。また、「ボイスリンク会議」で議論するテーマを絞り込むなど、対応リソースに合わせて優先順位をつけました。
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課題3:改善策を実行に移す壁、現場の抵抗
- 解決策: 「あなたの声が会社を変える」プロジェクトのように、従業員を改善活動の当事者として巻き込むことで、他人事ではなく自分事として捉えてもらうように促しました。また、改善活動の小さな成功事例を積極的に社内共有し、全社的な機運を高めました。管理職向けの研修を通じて、現場の負担増への懸念を払拭し、改善活動がチームの成果に繋がることを理解してもらいました。
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課題4:効果測定の難しさ
- 解決策: パルスサーベイの定点観測により、エンゲージメントスコアの推移を継続的に追跡しました。また、改善施策実施前後で、特定のテーマに関する意見投稿数や内容の変化、関連する人事データ(離職率、有給取得率など)を比較分析し、施策と成果の相関関係を検証する努力を行いました。
導入による効果・成果
株式会社ボイスリンクの取り組みは、定量・定性両面で顕著な成果を上げました。
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定量的な成果:
- 従業員エンゲージメントスコアが導入後1年で15ポイント向上しました。
- 特に「会社への貢献意欲」「自身の意見が尊重されていると感じるか」といった項目のスコアが大きく改善しました。
- 導入前と比較し、全社の年間離職率が3%低下しました。
- 目安箱への意見投稿数が月平均で約2倍に増加しました。
- 従業員からの提案に基づく具体的な改善プロジェクトが年間10件以上実行されるようになりました。
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定性的な成果:
- 社内の風通しが良くなり、部署内外でのコミュニケーションが活発になりました。
- 従業員から「自分の意見が聞いてもらえるようになった」「会社が自分たちの声を元に変わろうとしている姿勢を感じる」といった肯定的な声が多く聞かれるようになりました。
- 現場の課題が早期に吸い上げられるようになり、大きな問題に発展する前に対処できるケースが増えました。
- 管理職と部下との対話の質が向上し、チーム内の信頼関係が強化されました。
- 従業員の会社に対する帰属意識と当事者意識が高まりました。
取り組みが成功した要因分析
株式会社ボイスリンクの事例から見られる成功要因は以下の通りです。
- 経営層の強いコミットメント: 単なるツール導入に終わらず、集まった声を経営判断や組織改善に活かすという経営層の明確な意思表示と実行が、従業員の信頼を得る上で最も重要でした。
- 「声を集めること」と「活かすこと」をセットで考えた設計: システム導入だけでなく、集めた声を分析し、議論し、具体的な施策に繋げ、その結果をフィードバックするという一連の運用プロセスを事前に緻密に設計したことが成功の鍵でした。
- 透明性とフィードバックの徹底: 従業員からの意見に対し、どのような声が集まっているのか、それを受けて組織としてどのように考え、何を実行するのかをタイムリーかつオープンにフィードバックしたことが、従業員の安心感と参加意識を高めました。
- 現場の巻き込みと管理職の役割重視: 一方的なトップダウンではなく、現場の代表者や管理職を推進プロセスに積極的に巻き込み、彼らが従業員の声を聞き、吸い上げる重要な担い手となるようサポートしたことが、取り組みの浸透と定着を促しました。
- 粘り強いコミュニケーション: 短期間で成果が出なくても諦めず、なぜこの取り組みが必要なのか、参加することにどのような意味があるのかを、様々なチャネルを通じて繰り返し、粘り強く伝え続けたことが、従業員の行動変容に繋がりました。
今後の展望と継続的な取り組み
株式会社ボイスリンクでは、今後も従業員の声の重要性を経営の根幹に置き続ける方針です。今後は、さらに詳細なセグメント(部署、役職、勤続年数など)ごとの声の分析を進め、よりパーソナライズされた働き方支援や制度改善に繋げていくことを計画しています。また、新入社員のオンボーディングプロセスにおける声の収集・活用や、退職者へのエグジットインタビューで得られた知見を組織改善に活かす仕組みなども検討しています。従業員の声という貴重な「データ」を、組織と個人の持続的な成長のための「情報資産」として最大限に活用していく考えです。
まとめ
株式会社ボイスリンクの事例は、単に制度やツールを導入するだけでなく、従業員の声を戦略的に収集・分析し、組織文化の変革と連動させることの重要性を示しています。働き方改革を成功させるためには、従業員を改革の「対象」ではなく「主体」として捉え、彼らの内側にある声に耳を傾け、それを起点としたボトムアップとトップダウンの融合を図ることが不可欠と言えるでしょう。
本事例が、多様な働き方の導入・推進を検討されている人事担当者の皆様にとって、従業員の声活用の可能性と具体的な実践に向けた一助となれば幸いです。