株式会社ヘリテージワーク:定年退職者の「知」と「技」を繋ぐ柔軟な働き方と若手育成連携事例
定年退職者の「知」と「技」を繋ぐ柔軟な働き方と若手育成連携事例
大企業における多様な働き方の推進は、多くの人事部門にとって重要な課題となっています。中でも、熟練した経験を持つシニア人材が定年後もその能力を発揮し続けるための制度設計は、知識・技術の継承や労働力確保の観点から注目されています。
本記事では、定年退職者の豊富な経験と知見を、個別の事情に合わせた柔軟な働き方によって組織内で継続的に活かすことに成功した、株式会社ヘリテージワークの事例をご紹介します。同社がどのように課題を克服し、どのような成果を上げたのか、その具体的なプロセスと結果について詳細にご説明いたします。
多様な働き方導入の背景・目的
株式会社ヘリテージワークでは、長年培われてきた製造技術や顧客対応に関するノウハウが、熟練社員の定年退職に伴い失われてしまうことへの危機感を抱いていました。また、少子高齢化が進む中で将来的な労働力不足が懸念されており、豊富な経験を持つシニア層の活躍は不可欠であると認識していました。
従来の定年後再雇用制度は、画一的な勤務形態が中心であり、個々のスキルや健康状態、ライフスタイルに合わせた柔軟性に欠けていました。そのため、再雇用を希望しない社員や、再雇用されても十分なパフォーマンスを発揮できないケースが見られました。
これらの背景から、同社は以下の目的を掲げ、定年後の働き方に関する制度改革に着手しました。
- 熟練社員が持つ高度な知識や技術、経験を組織内に継続的に留め、若手社員への円滑な継承を図る。
- 個々のシニア人材の意向や状況に合わせた柔軟な働き方を提供し、多様なニーズに対応する。
- シニア人材のエンゲージメントと貢献意欲を高め、組織全体の活性化に繋げる。
- 多様な雇用形態の一つとして、柔軟なシニア向け働き方を確立し、将来的な労働力確保の基盤とする。
具体的な取り組み内容:「シニアエキスパート制度」の刷新
株式会社ヘリテージワークは、従来の定年後再雇用制度を抜本的に見直し、「シニアエキスパート制度」として刷新しました。この制度の最大の特徴は、一人ひとりの経験・スキル、健康状態、そして本人の希望を丁寧に聞き取り、個別最適化された勤務形態と業務内容を設定することです。
柔軟な勤務形態
- 勤務日数・時間: 週3日、半日勤務、特定の曜日のみ出勤など、個人の健康状態やライフスタイルに合わせて柔軟に設定できるようにしました。フルタイム勤務を希望するシニア社員も受け入れます。
- 勤務場所: オフィス出勤を基本としつつ、業務内容によってはリモートワークやサテライトオフィス勤務も選択肢に加えました。
- 勤務期間: 契約期間は柔軟に設定し、本人の意向と組織のニーズに合わせて更新を検討します。
経験を活かす業務内容
- 知識・技術の継承: 若手社員へのOJT指導、社内研修講師、マニュアル作成・改訂など、形式知・暗黙知を伝える役割を担います。
- 専門的な助言・コンサルティング: 特定分野のプロジェクトにおける技術的なアドバイス、経営層への提言などを行います。
- メンター・コーチング: 若手社員や中堅社員のキャリア相談、スキルアップ支援を行います。
- 特定プロジェクトへの参画: 短期間またはパートタイムで、専門知識が必要な重要プロジェクトに参加します。
- 顧客対応・技術サポート: これまでの経験を活かし、特定の顧客への技術サポートや難しい問い合わせ対応を担います。
評価・報酬制度
時間ではなく、貢献度や役割、保有するスキル・経験の希少性を重視した評価体系を導入しました。給与も、画一的な基準ではなく、担当業務の専門性や期待される成果に応じて個別に設定できるようにしました。
サポート体制
健康相談窓口の設置、最新のITツール利用に関する研修の実施、社内交流イベントへの参加促進など、シニア社員が安心して働き続けられるためのサポート体制を整備しました。
導入プロセス
この「シニアエキスパート制度」の刷新は、人事部が中心となり、複数部署を巻き込みながら慎重に進められました。
- 課題の明確化と経営層への提言: 既存制度の課題と、シニア人材活用の重要性について社内データに基づき分析し、経営会議で新しい制度のコンセプトを提案しました。
- 制度設計チームの発足: 人事部主導で、現場部門の代表者や労働組合のメンバーを含む制度設計チームを発足。多様な視点から制度内容を検討しました。
- 対象者へのヒアリング: 定年退職を控えた社員に対し、個別面談やアンケートを実施。再雇用に対する意向や、希望する働き方、活かしたいスキルなど、きめ細かくニーズを把握しました。
- トライアル導入とフィードバック: 一部の部門で新しい制度を先行導入し、運用上の課題や効果を検証しました。対象社員だけでなく、共に働くマネージャーや同僚からもフィードバックを収集しました。
- 制度の本格運用と社内周知: トライアルの結果を基に制度を最終調整し、全社に展開。対象社員やその家族向けの制度説明会を複数回開催しました。
- マネージャー向け研修の実施: シニア社員との協働におけるマネジメントのポイント、新しい評価体系の考え方、個別面談のスキルなどに関する研修を全マネージャー向けに実施しました。
- 継続的なモニタリングと改善: 制度利用率、利用者の満足度、共に働く社員からの評価、知識継承の状況などを定期的にモニタリングし、必要に応じて制度の微調整を行っています。
直面した課題と、それに対する具体的な解決策
課題1:若手社員との世代間コミュニケーションの壁
シニア社員の持つ経験や知識を若手社員に円滑に伝える上で、価値観やコミュニケーションスタイルの違いから、時に壁が生じることがありました。
解決策: * 若手社員がシニア社員から気軽に相談できる「メンター制度」を導入し、公式なコミュニケーション機会を創出しました。 * 部署横断の小規模プロジェクトチームに両世代の社員を意図的に配置し、共通の目標達成を通じて自然な連携を促しました。 * 休憩スペースの改装や社内イベントの企画を通じて、世代を超えたカジュアルな交流機会を増やしました。
課題2:個別最適化による制度運用負担の増大
一人ひとりに合わせた勤務形態や業務内容を設定することは、人事部や現場マネージャーにとって大きな運用負荷となりました。
解決策: * シニアエキスパート制度に関する専門の相談窓口を人事部に設置し、問い合わせ対応や調整業務を集約化しました。 * 契約内容の管理や勤怠管理を効率化するため、新しい人事システムを導入しました。 * いくつかの標準的な勤務パターンを提示し、それをベースに個別の調整を行うことで、完全なゼロベース設計よりも運用負担を軽減しました。
課題3:時間ではなく貢献度を評価することの難しさ
時間拘束の少ないシニア社員の評価を、従来の勤務時間を中心とした指標から、知識伝承や助言といった定性的な貢献度にシフトすることは、評価者であるマネージャーにとって新たな挑戦でした。
解決策: * シニアエキスパートの評価基準を明確に定義し、知識伝承の量・質、若手育成への貢献度、プロジェクトへの関与度などを具体的に示すシートを作成しました。 * 評価者研修の中で、シニアエキスパートの評価方法に特化したセッションを設け、評価スキルと共通認識の醸成を図りました。 * シニア社員本人、共に働く若手社員、マネージャーによる多面評価を取り入れ、客観性と納得度を高めました。
課題4:制度利用者の健康管理への配慮
柔軟な働き方を支援する一方で、シニア社員の健康状態の変化への適切な配慮が求められました。
解決策: * 産業医や保健師による定期的な健康相談の機会を設け、体調の変化や働き方に関する不安を早期に把握できる体制を構築しました。 * 体調不良時には、個別の事情に応じた柔軟な勤務時間の変更や休暇取得を認め、無理なく働ける環境を整備しました。
導入による効果・成果
株式会社ヘリテージワークの「シニアエキスパート制度」刷新は、定量・定性両面で significant な成果をもたらしました。
- 制度利用率の向上: 従来の定年後再雇用制度と比較し、新制度導入後は定年退職者の約80%が制度を利用し、継続して就労する意向を示しました(導入前は約50%)。
- 知識・技術継承の促進: 社内アンケートによると、「シニアエキスパートからのOJTやアドバイスが業務遂行に役立っている」と回答した若手社員の割合が20%向上しました。また、属人化していた特定の技術に関するノウハウのマニュアル化が5件進捗しました。
- 若手社員のエンゲージメント向上: シニアエキスパートによるメンター制度を利用した若手社員の定着率が、他の社員と比較して5%高いという結果が出ました。
- 組織全体の活性化: 異なる世代が共に働く機会が増え、社内のコミュニケーションが活発化しました。多様な働き方が認められる風土が醸成され、他の社員のエンゲージメント向上にも寄与したという声が複数聞かれました。
- 採用コストの抑制: 熟練人材の再活用が進んだことで、同等のスキルを持つ人材を外部から採用する必要が減り、採用コストの抑制に繋がりました。具体的な数値目標は設定していませんでしたが、結果として年間約1000万円程度の採用・教育コスト削減効果が見込まれています。
取り組みが成功した要因分析
本取り組みが成功した主な要因として、以下の点が挙げられます。
- 経営層の明確なビジョンとコミットメント: シニア人材活用を単なる労働力確保ではなく、組織の知識基盤強化と文化醸成に資するものとして捉え、積極的に推進した経営判断が基盤となりました。
- 対象者への丁寧なヒアリングと制度への反映: 一方的な制度設計ではなく、定年を控えた社員一人ひとりの声に耳を傾け、ニーズを制度内容に反映させたことが、制度利用率の向上に繋がりました。
- 現場マネージャーへの教育とサポート: 新しい評価方法やシニア社員との協働に関するマネージャー研修を徹底したことで、制度が現場で円滑に機能する体制が整いました。
- 柔軟性と個別最適化へのこだわり: 画一的な制度にせず、個々の事情に合わせて勤務形態や業務内容を柔軟に調整できるようにしたことが、多様なシニア人材のニーズに応え、高い満足度と継続的な貢献を引き出しました。
- 継続的な効果測定と改善: 制度導入後の状況を定期的にモニタリングし、直面した課題に対して迅速に解決策を講じるPDCAサイクルが確立されていたことも重要です。
今後の展望や継続的な取り組み
株式会社ヘリテージワークは、今後もこの「シニアエキスパート制度」をさらに発展させていく予定です。
- 制度の対象者を、定年退職者だけでなく、育児や介護、傷病など、様々な理由で一度キャリアを中断したものの、特定のスキルや経験を持つ人材にも拡大することを検討しています。
- シニアエキスパート同士のコミュニティ形成を支援し、経験者同士の交流や情報交換の場を設けることで、孤立を防ぎ、さらなるスキルアップやエンゲージメント向上を目指します。
- シニアエキスパートが持つ社外ネットワークや知見をビジネスに活かす方法についても模索していきます。
まとめ
株式会社ヘリテージワークの事例は、定年後再雇用制度を単なる労働力確保の手段としてではなく、豊富な経験と知見を組織の持続的な成長に繋げるための戦略的な取り組みとして位置づけた好例と言えます。個別最適化された柔軟な働き方を提供し、適切な評価とサポート体制を構築することで、シニア人材の高いエンゲージメントと貢献を引き出し、知識継承や若手育成といった組織全体の課題解決に繋がっています。
多様な働き方の推進を検討されている企業、特に熟練人材の知識・技術継承やシニア層の活躍推進に課題を感じている人事担当者の皆様にとって、本事例が実践的なノウハウや課題解決のヒントとなれば幸いです。