株式会社イノベートソリューションズ:感謝・称賛文化を醸成するピアボーナス制度導入で、従業員エンゲージメントと社内コミュニケーションを活性化させた事例
はじめに
多様な働き方の推進は、単に時間や場所に縛られない柔軟な制度を導入するだけでなく、そこで働く従業員一人ひとりが組織への貢献意欲を持ち、互いに連携し合う「組織文化」の醸成が不可欠です。特にリモートワークやハイブリッドワークが普及する中で、偶発的なコミュニケーションが減少し、従業員間の心理的な距離が生まれやすいという課題に直面している企業も少なくありません。
本記事では、株式会社イノベートソリューションズが、この課題に対し「感謝・称賛文化」を意図的に醸成するための具体的な施策としてピアボーナス制度を導入し、従業員エンゲージメントと社内コミュニケーションを活性化させた事例をご紹介します。その導入背景、具体的な取り組み、直面した課題とその解決策、そして得られた効果について詳述し、読者の皆様の働き方改革のヒントとなれば幸いです。
多様な働き方導入の背景・目的
株式会社イノベートソリューションズでは、数年前から段階的にリモートワーク制度を導入し、従業員の働き方の柔軟性を高めてきました。これにより、育児や介護と両立する従業員、地方居住の従業員などが活躍できる基盤は整いつつありました。しかし、一方で、オフィス勤務が中心だった時期と比較して、部署を越えた従業員同士の交流機会が減少し、組織全体の一体感や、日々の小さな貢献に対する「見えない感謝」が伝えにくくなっているという課題が顕在化してきました。
この課題認識から、同社は多様な働き方のメリットを最大限に活かしつつ、デメリットを解消するための新たな施策が必要だと判断しました。特に、リモート環境下でも従業員同士がお互いの貢献を認め合い、感謝を伝え合うことができる文化を醸成することで、従業員の心理的安全性を高め、エンゲージメントを向上させることを目的としました。また、これにより部門間の連携を強化し、組織全体のコミュニケーションを活性化させることも目指しました。
具体的な取り組み内容:ピアボーナス制度「サンクスポイント」の導入
イノベートソリューションズがこの目的達成のために導入したのは、従業員同士が日々の貢献に対して少額のインセンティブ(ポイント)を贈り合うことができる「ピアボーナス制度」です。同社ではこの制度を「サンクスポイント」と名付け、以下の仕組みで運用を開始しました。
- ポイント付与: 全従業員に毎月一定のポイントが付与されます。
- ポイント送信: 従業員は、業務で助けてもらった際、期待以上の成果を出した同僚を見た際など、感謝や称賛の気持ちを伝えたい相手に、メッセージと共にポイントを送信できます。
- ポイント利用: 受け取ったポイントは、社内のカフェテリアでの利用、提携サービスの商品券への交換、または社内イベントへの参加費用などに利用できます。
- 透明性の確保: ポイントの送信履歴とメッセージは、社内コミュニケーションツール上で全体に共有され、誰がどのような貢献をし、誰から感謝されているのかが見える化されます。
- 表彰制度との連携: 四半期に一度、獲得ポイント数が多い従業員や、特に印象的な感謝メッセージを送った従業員などを表彰する機会を設けました。
導入プロセス
サンクスポイント制度の導入は、以下のステップで慎重に進められました。
- 目的共有と賛同形成: 経営層に対し、リモートワーク下の組織文化の課題と、それを解決する手段としてのピアボーナス制度の有効性を説明し、予算と推進体制の承認を得ました。
- 制度設計とシステム選定: 人事部門が中心となり、ポイント付与ルール、利用方法、透明性の確保といった制度の詳細を設計しました。複数のピアボーナス専用システムや社内ツールのアドオン機能を比較検討し、使いやすさ、セキュリティ、カスタマイズ性を考慮して最適なシステムを選定しました。
- 試験導入(パイロット運用): 全社導入に先立ち、一部の部署で約3ヶ月間のパイロット運用を実施しました。利用状況のモニタリング、従業員からのフィードバック収集、システムの改善要望の洗い出しを行いました。
- 全社展開と啓蒙活動: パイロット運用での課題解決と改善を踏まえ、全社での本格運用を開始しました。制度の目的、使い方、期待される効果などを説明する全社説明会を実施したほか、社内報やイントラネット、朝礼などを通じて継続的に制度の利用を呼びかけました。「最初の1ポイントを送ってみようキャンペーン」など、利用促進のためのユニークな企画も実施しました。
- 運用状況のモニタリングと改善: 制度導入後は、定期的にポイント利用率、送受信されるメッセージの内容、従業員アンケートの結果などをモニタリングしました。収集したデータやフィードバックに基づき、利用しやすいインターフェースへの改善や、メッセージの投稿ルール見直しなど、継続的な改善を行っています。
直面した課題と、それに対する具体的な解決策
導入プロセスでは、いくつかの課題に直面しました。
- 課題1:制度の認知と利用促進の壁
- 全社展開後も、特に利用初期段階では、「誰に送っていいか分からない」「送るほどのことでもないかと思ってしまう」といった声があり、一部の部署での利用が伸び悩みました。
- 解決策: 経営層や管理職が率先してポイントを送り合う様子を全体に公開したり、「今週の素敵なサンクスメッセージ」として定期的に共有したりすることで、利用イメージを具体的に示しました。また、部署ごとの利用状況を可視化し、利用率が低い部署に対しては、部署内での利用促進ミーティング開催を推奨するなどのサポートを行いました。
- 課題2:評価制度との連携における懸念
- 一部の従業員から、「ポイント獲得数が人事評価に影響するのではないか」「ポイント稼ぎに走る人が出るのではないか」といった懸念が寄せられました。
- 解決策: サンクスポイント制度は、あくまで日々の感謝や称賛を気軽に伝え合うための「文化醸成ツール」であり、直接的な人事評価の決定要素とはしないことを明確に説明しました。ただし、期末の評価面談などで、日々の貢献の参考情報としてメッセージの内容に触れることは推奨し、定性的な評価の一助とすることで、制度の意義を損なうことなく運用しました。
- 課題3:メッセージの内容が形式的になる傾向
- 導入初期には、「〇〇さん、ありがとうございました」といった短く形式的なメッセージが多く見られました。
- 解決策: 感謝や称賛のメッセージを送る際に、「具体的にどのような行動や貢献に対して感謝しているのか」を添えることの重要性を継続的に伝えました。良いメッセージ例を定期的に共有したり、メッセージ作成のヒント集を提供したりすることで、より具体的で心温まるコミュニケーションが増えるよう促しました。
導入による効果・成果
サンクスポイント制度の導入から1年後、イノベートソリューションズでは以下のような効果・成果が見られました。
- 従業員エンゲージメントの向上:
- 制度導入前後のエンゲージメントサーベイを比較した結果、「同僚への感謝や称賛を伝えやすい雰囲気がある」という設問に対する肯定的な回答が、導入前の45%から導入後には72%に大幅に増加しました。
- 「組織への貢献を正当に評価されていると感じる」という設問についても、肯定的な回答が50%から68%に向上しました。
- 社内コミュニケーションの活性化:
- ピアボーナスシステム上でのメッセージ投稿数が、月平均で約1500件に達しました(従業員数約500名)。これは、個別のチャットツールやメールだけでは生まれなかったであろう、多くの感謝・称賛のやり取りが可視化されたことを意味します。
- 部署横断でのポイントのやり取りも多く発生し、部門間の連携や情報共有が円滑になったという声が複数聞かれました。
- ポジティブな組織文化の醸成:
- 日々の業務の中で、お互いを認め合い、支え合う意識が高まりました。小さな成功や貢献も見過ごされなくなり、従業員のモチベーション維持・向上に寄与しています。
- リモートワークで会う機会が少ない同僚にも気軽に感謝を伝えられるようになり、一体感の維持に役立っています。
取り組みが成功した要因分析
サンクスポイント制度が成功に至った要因として、以下の点が挙げられます。
- 明確な目的設定と経営層のコミットメント: 単なる福利厚生ではなく、「組織文化の課題解決」という明確な目的意識を持って導入されたこと、そして経営層がその重要性を理解し、積極的に関与したことが推進力となりました。
- 利用しやすいシステムと継続的な啓蒙: 従業員が抵抗なく使えるシンプルなシステムを選定し、導入後も利用方法の周知や利用促進のための工夫を継続したことが、制度の定着に繋がりました。
- 「感謝・称賛」にフォーカスした設計: 金銭的な報酬というよりは、日々の貢献を認め合い、感謝を伝え合うという精神的な側面に重点を置いた設計が、従業員の共感を呼び、ポジティブな文化醸成に繋がりました。評価との直接的な連携を避けたことも、制度本来の目的を見失わない上で重要でした。
今後の展望や継続的な取り組み
イノベートソリューションズでは、サンクスポイント制度を今後も働き方改革の重要な柱の一つとして継続していく方針です。今後は、獲得ポイントと連動した個人の成長支援プログラム(例:特定の研修受講権付与など)を検討するなど、制度の活用範囲を広げることも視野に入れています。また、制度を通じて蓄積される「誰がどのような貢献をしているか」というデータやメッセージを、より効果的に人材育成や配置検討に活かせないか、可能性を探っています。
まとめ
株式会社イノベートソリューションズの事例は、多様な働き方を推進する中で生じうる組織文化やコミュニケーションの課題に対し、ピアボーナス制度という具体的な仕組みを導入することで、感謝・称賛文化を醸成し、従業員エンゲージメントと社内コミュニケーションを活性化できることを示しています。特に、制度設計、導入プロセス、そして継続的な運用における丁寧な取り組みが、成功の鍵となりました。本事例が、これから多様な働き方における組織文化醸成に取り組もうとされている企業の人事担当者の皆様にとって、実践的なヒントとなれば幸いです。