株式会社ネクストキャリア:社内メンター・コーチングプログラム戦略的導入で従業員のキャリア自律とエンゲージメントを向上させた事例
はじめに
現代の企業経営において、従業員の多様な働き方を支援し、個々のキャリア形成を後押しすることは、組織全体の生産性向上や持続的な成長に不可欠となっています。特にリモートワークやハイブリッドワークが定着する中で、従業員同士やマネージャーと部下のコミュニケーションが変化し、個人のキャリアに対する不安や、自律的な成長への支援の必要性が高まっています。
本記事では、従業員のキャリア自律とエンゲージメント向上を目指し、社内メンター制度とコーチングプログラムを戦略的に導入・運用した株式会社ネクストキャリアの事例をご紹介します。同社がどのように制度を設計し、どのような課題を克服し、どのような成果を上げたのか、その具体的なプロセスと結果に焦点を当てて解説します。
株式会社ネクストキャリアにおける働き方変革の背景と目的
株式会社ネクストキャリアでは、数年前からフレックスタイム制度やリモートワーク制度を導入し、従業員の働く場所や時間に一定の柔軟性を提供していました。しかし、制度導入から数年が経過するにつれて、以下のような課題が顕在化してきたといいます。
- 従業員のキャリア形成に対する漠然とした不安: 働き方の選択肢は増えたものの、「この会社でどのようなキャリアを築けるのか」「将来どのように成長していけば良いのか」といった個人のキャリアパスに対する不安を抱える従業員が増加傾向にありました。
- リモート環境下でのコミュニケーション不足と育成課題: 特に若手社員や中途入社社員において、オフィスでの偶発的なコミュニケーションが減少し、先輩社員や上司との関係構築や相談の機会が失われがちでした。これにより、OJTが機能しにくくなったり、キャリアに関する悩みを気軽に相談できる相手が見つけにくくなったりしていました。
- 自律的な働き方を支える個人の成長支援の必要性: 時間や場所に捉われない働き方が広がるにつれて、従業員一人ひとりが自律的に目標設定を行い、主体的にスキルアップを図る必要性が高まっていました。しかし、そのための具体的な支援策が不足していました。
これらの課題に対し、同社人事部門は、単に制度を拡充するだけでなく、従業員の内面に働きかけ、個々の成長とキャリア形成を積極的に支援する施策が必要であると判断しました。そこで注目したのが、メンター制度とコーチングプログラムの導入です。これらの施策を通じて、従業員が自身のキャリアについて深く考え、主体的に行動できるようになること、そして組織へのエンゲージメントを高めることを目的としました。
具体的な取り組み内容:メンター制度とコーチングプログラムの導入
株式会社ネクストキャリアが導入した具体的な取り組みは以下の通りです。
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社内メンター制度の設計と運用:
- 対象者: 主に若手社員(入社3年目まで)および中途入社社員をメンティーの主な対象としました。メンターは、経験豊富で多様なバックグラウンドを持つ中堅・ベテラン社員の中から、メンターとしての資質(傾聴力、共感力、守秘義務の遵守など)を持つ人材を選抜しました。
- 目的: メンティーの早期の組織適応、キャリア形成に関する悩み相談、ロールモデルとの出会いを通じた視野の拡大を主な目的としました。
- マッチング: メンティーの希望や部署、キャリア志向などを考慮し、人事部門が最適なメンターとのマッチングを行いました。意向確認の面談を実施するなど、ミスマッチを防ぐ工夫を凝らしました。
- 活動: 月に1〜2回程度の定期的なオンラインまたは対面でのミーティングを推奨しました。ミーティングでは、業務上の悩みだけでなく、キャリアに関する漠然とした不安、プライベートとの両立など、幅広いテーマについて気軽に話せる場としました。
- メンター研修: メンター役の社員には、メンタリングの基本的なスキル(アクティブリスニング、効果的な質問、目標設定支援など)に関する研修を義務付けました。これにより、メンター間の質を一定に保ち、メンティーにとって有益な時間となるよう配慮しました。
- ガイドライン整備: メンター・メンティー双方にとって安心して制度を利用できるよう、面談頻度、内容、守秘義務、ハラスメント防止などに関する明確なガイドラインを策定しました。
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選択型コーチングプログラムの導入:
- 対象者: 主に管理職および中堅社員を対象としました。個人のキャリア目標達成、リーダーシップ開発、マネジメントスキルの向上など、より具体的な課題解決や能力開発を目的とする従業員が任意で利用できる制度としました。
- 目的: 個人の潜在能力を引き出し、具体的な目標達成や行動変容を支援すること、自律的なキャリア形成を促進することを目的としました。
- コーチ: 社内の有資格者(社内コーチ育成プログラム修了者)と外部のプロフェッショナルコーチングサービスを併用しました。外部コーチの利用は、特に機密性の高い内容や、より専門的な視点を必要とする場合に選択できるようにしました。
- 運用: 利用希望者は人事部門に申請し、目的に応じて最適なコーチとのマッチングを行いました。一定期間(例:3〜6ヶ月)にわたるセッションを実施し、個別の課題解決や目標達成をサポートしました。
- 効果測定: セッションの進捗状況や、本人による自己評価、行動変容の振り返りなどを通じて、プログラムの効果を測定しました(守秘義務に配慮し、具体的なセッション内容は開示せず、利用者の満足度や変化の兆しなどを定性的に把握)。
導入プロセス:計画から展開まで
株式会社ネクストキャリアでは、これらの制度導入にあたり、以下のステップで慎重に進めました。
- 企画・設計フェーズ:
- 人事部門内のプロジェクトチームを発足。
- 従業員へのヒアリングやアンケートを実施し、キャリア形成や育成に関するニーズを詳細に把握。
- 国内外の他社事例を研究し、自社に合った制度設計を検討。メンター制度とコーチングの役割分担、対象者、運用方法などを具体的に設計しました。
- 社内調整・合意形成フェーズ:
- 経営層に対し、制度導入の目的、期待される効果、投資対効果などを説明し、強力なコミットメントを得ました。
- 管理職向けに説明会を実施し、制度への理解促進と協力を依頼。メンター制度が部下育成の一環として重要であること、コーチングが管理職自身の成長にも繋がることを強調しました。
- 従業員全体に向けた説明会や社内広報を通じて、制度の内容、利用方法、期待効果などを丁寧に説明し、参加を促しました。
- パイロット導入フェーズ:
- 一部の部署や対象者を限定し、メンター制度およびコーチングプログラムのパイロット運用を実施しました。
- 参加者(メンター、メンティー、コーチ)からのフィードバックを収集し、制度設計や運用方法における課題点を洗い出しました。
- 全社展開・改善フェーズ:
- パイロット導入で得られた知見をもとに制度を修正・改善。
- 全社に本格的に制度を展開しました。
- 導入後も定期的にアンケートやヒアリングを実施し、効果測定と継続的な改善を図る体制を構築しました。人事部門内に専任担当者を配置し、問い合わせ対応やマッチング調整、研修企画・運営を一元的に担わせました。
直面した課題と解決策
導入プロセスや運用において、いくつかの課題に直面しました。
- 課題1:メンター・コーチ役の確保と質の維持
- 特に経験豊富で意欲のある社員にメンター役が集中してしまう、あるいはメンタリング/コーチングスキルが不足している、といった課題がありました。
- 解決策: メンター・コーチ候補者の選定基準を明確化し、希望者だけでなく、推薦や人事部門からの打診も行いました。また、必須となるスキル研修に加え、定期的なフォローアップ研修や情報交換会を実施し、メンター・コーチ同士のネットワーク構築とスキルの継続的な向上を支援しました。外部コーチングサービスとの連携も、質の担保に繋がりました。
- 課題2:従業員の利用促進と定着
- 制度の存在を知っていても、「忙しくて時間が取れない」「何を話せば良いか分からない」「効果があるのか疑問」といった理由で利用をためらう従業員が一定数いました。
- 解決策: 制度利用のメリットを具体的な事例(利用者の声など)と共に継続的に社内広報しました。利用者の声を紹介する社内イベントや、キャリア相談のミニセッション体験会などを開催し、心理的なハードルを下げました。また、人事評価と直接的に結びつけないことで、安心して本音で話せる環境であることを強調しました。
- 課題3:効果測定の難しさ
- メンタリングやコーチングの効果は定性的であり、具体的な数値での効果測定が困難でした。
- 解決策: 利用者の満足度調査に加え、制度利用前後でのエンゲージメントサーベイの結果比較、目標設定シートに基づく進捗状況の確認(コーチング)、制度利用者の離職率の追跡など、複数の側面から間接的に効果を測定するアプローチを取りました。また、利用者の「声」を丁寧に収集し、定性的な変化や具体的な行動変容のエピソードを把握することに注力しました。
導入による効果・成果
これらの取り組みの結果、株式会社ネクストキャリアでは以下のような効果・成果が見られました。
- 従業員のキャリア自律意識向上: 制度利用者のアンケートでは、「自身のキャリアについて考える機会が増えた」「将来の目標が明確になった」「主体的にスキルアップに取り組むようになった」といった肯定的意見が80%を超えました。
- エンゲージメント向上: 制度導入後、全社的なエンゲージメントサーベイにおいて、「会社は従業員の成長を支援している」という項目への肯定的な回答が15ポイント上昇しました。また、制度利用者のエンゲージメントスコアは、非利用者に比べて平均5ポイント高いという結果が得られました。
- 早期離職率の低下: 特にメンター制度を利用した若手社員の入社3年以内の離職率が、制度導入前の期間と比較して約10%低下しました。
- 社内コミュニケーションの活性化: 部署や階層を超えたメンター・メンティー関係、あるいはコーチングを通じた対話が増え、社内コミュニケーションが質・量ともに活性化しました。
- 管理職の育成スキル向上: コーチングプログラムを利用した管理職から、「部下へのフィードバックや問いかけの質が向上した」「部下の自律的な成長を待てるようになった」といった声が聞かれ、マネジメントスキルの向上にも繋がっています。
これらの成果は、単に制度を導入するだけでなく、丁寧な設計、運用体制の構築、そして従業員への継続的な働きかけが奏功した結果と言えるでしょう。
取り組みが成功した要因分析
株式会社ネクストキャリアのメンター・コーチング制度が成功した要因は複数考えられます。
- 経営層の強い理解とコミットメント: 働き方改革や人材育成に対する経営層の明確なビジョンと、制度導入への積極的な後押しが、取り組み全体の推進力となりました。
- 丁寧なニーズ把握と制度設計: 従業員のリアルな声に基づき、メンター制度とコーチングプログラムの役割や対象者を明確に分け、それぞれの目的に合った制度を設計したことが、制度の有効性を高めました。
- メンター・コーチへの手厚い支援: 必須研修に加えて、継続的なフォローアップや情報交換の機会を提供することで、メンター・コーチ役のモチベーションとスキル維持・向上を図りました。これは制度の質を担保する上で非常に重要でした。
- 多様な広報・啓発活動: 一度きりの説明会ではなく、社内報、eラーニング、体験会など、様々なチャネルを活用して制度を周知し、利用促進を図ったことが、利用率向上に繋がりました。
- 効果測定に基づいた継続的な改善: 定量・定性の両面から効果を把握し、運用上の課題や改善点を早期に発見し、柔軟に制度を修正していったことが、制度の有効性を維持・向上させることに繋がりました。
今後の展望
株式会社ネクストキャリアでは、今後もメンター制度とコーチングプログラムを働き方改革と人材育成戦略の重要な柱として位置づけていく方針です。具体的には、メンター・コーチ役の対象者をさらに広げたり、特定のスキル開発に特化したコーチングプログラムを導入したり、外部コーチングサービスの連携を強化するなど、従業員の多様なニーズに対応できるよう制度を拡充していく予定です。また、制度利用状況や効果測定のデータをより詳細に分析し、採用、配置、評価といった他の人事施策との連携も視野に入れ、データに基づいた戦略的な人材開発を推進していく計画です。
まとめ
株式会社ネクストキャリアの事例は、メンター制度とコーチングプログラムが、従業員のキャリア自律を支援し、エンゲージメントを高める上で非常に有効な手段であることを示しています。特に、働く場所や時間の多様化が進む中で、個人の内面に寄り添い、成長を後押しするこのような「対話型」の施策の重要性は増しています。
同社の成功は、単に制度を導入するだけでなく、事前の丁寧なニーズ把握、目的の明確化、経営層のコミットメント、メンター・コーチへの手厚い支援、そして継続的な効果測定と改善活動があってこそ実現したものです。多様な働き方を推進する上で、従業員一人ひとりの成長とキャリア形成をどのように支援していくかお悩みの人事担当者の皆様にとって、本事例が具体的な取り組みのヒントとなれば幸いです。