株式会社キャリアパス:社内公募制度の戦略的運用で実現した従業員のキャリア自律促進と組織の流動性向上事例
はじめに
多くの企業において、従業員のキャリアに対する意識は変化しており、一つの部署や職務に留まるのではなく、社内で多様な経験を積むことを志向する人材が増えています。また、組織側としても、環境変化に対応するためには、従業員の持つスキルや経験を組織内で効果的に活用し、部署間の連携を強化することが求められています。
こうした背景から、従業員のキャリア自律を支援しつつ、組織の活性化や流動性を高める手段として、「社内公募制度」が注目されています。しかし、制度を導入しても、応募者が集まらない、部署間の壁を越えられない、といった課題に直面するケースも少なくありません。
本記事では、株式会社キャリアパスが、こうした課題をどのように乗り越え、社内公募制度を戦略的に運用することで、従業員のキャリア自律促進と組織の流動性向上を実現した具体的な事例をご紹介します。人事担当者の皆様にとって、自社の制度設計や運用における実践的なヒントとなる情報を提供できれば幸いです。
株式会社キャリアパスにおける社内公募制度導入の背景と目的
株式会社キャリアパスは、ITコンサルティングおよびシステム開発を主軸とする企業です。事業の多角化と急速な組織拡大が進む中で、以下のような課題が顕在化していました。
- 人材配置の硬直化: 新規事業や変化の速い領域で必要な人材が、組織内の既存部署に埋もれている、あるいは外部からの採用に偏っている状況。
- 従業員のキャリア停滞感: 特定の部署に長く留まる従業員の中には、自身のキャリアパスが見えづらい、新しいスキルを習得する機会が限られていると感じる者が存在。
- 組織の壁: 部署間の連携が限定的で、組織全体の知見やノウハウが十分に共有されていない。
これらの課題に対し、単なる外部採用頼みではなく、組織内に存在する多様な才能や経験を最大限に引き出し、従業員一人ひとりの成長を支援することが不可欠であると経営層は判断しました。そこで、従業員が自らの意思で新しい職務に挑戦できる機会を提供し、組織全体の活性化と流動性を高めることを目的に、社内公募制度の導入が決定されました。
導入の主な目的は以下の通りです。
- 従業員の主体的なキャリア形成意識を醸成し、エンゲージメントを高める。
- 組織内の人材を最適配置し、事業環境の変化への対応力を強化する。
- 部署間の壁を取り払い、組織全体のコミュニケーションと連携を活性化する。
- 外部採用コストの削減と、優秀な人材の定着率向上を図る。
具体的な取り組み内容と導入プロセス
株式会社キャリアパスでは、これらの目的を達成するために、以下の要素を盛り込んだ社内公募制度を設計・導入しました。
制度設計のポイント
- 応募資格の明確化: 原則として、現部署での在籍期間が1年以上であることを条件とし、一定の経験を積んだ従業員に機会を提供。ただし、事業戦略上、特に募集を急ぐポジションについてはこの限りでない柔軟性も持たせました。
- 募集情報の公開: 募集ポジションの業務内容、求められるスキル・経験、期待される役割、異動後のキャリアパスなどを詳細かつ魅力的に記述した情報を社内ポータルサイトに常時公開。四半期に一度、全社向けに募集ポジションの紹介ウェビナーを実施しました。
- 応募・選考プロセス: 従業員は自身の所属長に相談の上、直接または人事経由で応募。書類選考、複数回の面接(募集部署担当者、人事、必要に応じて役員)を実施。面接では、スキル・経験だけでなく、そのポジションへの意欲や、異動によって本人がどのように成長したいのかといった点も重視しました。
- 異動元の所属長との調整: 応募者が最終選考を通過した場合、人事部門が異動元・異動先の所属長と連携し、異動時期や後任の調整、引き継ぎ期間などを慎重に設定しました。異動元の部署の業務に支障が出ないよう、十分に配慮しました。
- 異動後のフォローアップ: 異動後3ヶ月、6ヶ月のタイミングで、人事担当者が異動者および異動先の所属長と面談を実施。新しい環境への適応状況や、期待通りの成果が出ているかなどを確認し、必要に応じて追加のサポート(研修、メンター制度など)を提供しました。
導入プロセス
- 経営層への説明と承認: 制度導入の目的、期待される効果、想定される課題などを経営層に丁寧に説明し、強いコミットメントを得ました。
- 人事部門内での詳細設計: 応募資格、選考プロセス、異動元の所属長との調整ルール、異動後のフォロー体制などを具体的に設計しました。
- パイロット運用: 一部の部署で先行して制度を試験導入し、プロセス上の課題や現場の反応を検証しました。
- 全社展開と周知: パイロット運用の結果を踏まえ、制度を全社に展開。制度説明会や社内報、ポータルサイトなどを通じて、全従業員に対し、制度の目的や利用方法、メリットを繰り返し、分かりやすく説明しました。特に、「キャリアは自分で創るもの」というメッセージを強く発信しました。
- 現場マネージャー向け説明会: 異動元の所属長が優秀な人材を手放すことへの懸念を払拭するため、制度の趣旨(組織全体の最適化、人材育成機会の創出)を説明し、異動後のフォローや異動元への支援体制(後任採用計画への優先度付与など)について説明会を実施しました。
直面した課題と具体的な解決策
制度導入・運用にあたり、いくつかの課題に直面しました。
課題1:現場マネージャーの消極性
課題内容: 優秀な人材が社内公募で他の部署へ異動することを懸念し、従業員からの応募相談に対し、消極的な反応を示す所属長が存在しました。「チームの戦力が落ちる」「後任を探すのが大変」といった声が多く聞かれました。
解決策:
- 目的の再浸透: 制度説明会や個別面談を通じて、「社内公募は特定部署のためでなく、会社全体の成長と従業員の成長のための制度であること」「一時的な負担はあっても、中長期的には組織全体の力となり、優秀な人材を社内に留める効果があること」を繰り返し説明しました。
- 異動元へのインセンティブ・支援: 社内公募での異動者を輩出した部署の所属長を人事評価で高く評価する仕組みを検討。また、異動元の部署が必要とする後任人材の採用計画において優先度を上げる、引き継ぎ期間を十分確保するなど、具体的な支援策を提示しました。
- 成功事例の共有: 制度を利用して異動し、新しい部署で活躍している従業員と、快く送り出した所属長の成功事例を社内報や説明会で紹介し、前向きな雰囲気を醸成しました。
課題2:応募者数のばらつきと限定性
課題内容: 特定の人気部署への応募は多いものの、他の部署への応募が少なかったり、特定の経験を持つ従業員からの応募に偏ったりしました。
解決策:
- 募集情報の魅力向上: 募集ポジションのやりがい、そこで得られるスキル、キャリアパスの可能性などを、より具体的に、従業員の興味を引くような表現で記述するよう工夫しました。動画での募集部署紹介なども実施しました。
- キャリア相談窓口の設置: 人事部門内にキャリア相談窓口を設置し、自身のキャリアについて悩む従業員に対し、社内公募制度の活用を含めた相談に乗る機会を提供しました。
- 潜在層へのアプローチ: 「将来的にこのような職務に挑戦したい」という従業員の希望を事前にヒアリングし、関連する部署が募集を出す際に個別に情報提供を行うなど、プッシュ型の情報提供も行いました。
課題3:異動後のミスマッチ
課題内容: 制度を利用して異動したものの、新しい業務内容が想定と異なっていたり、新しい部署の文化に馴染めなかったりといったミスマッチが発生しました。
解決策:
- 事前の情報提供充実: 募集時に提示する情報だけでなく、希望者には募集部署の従業員とカジュアルに話す機会(OB/OG訪問のような形式)を設けるなど、実際の働き方や雰囲気を理解できる機会を増やしました。
- 選考プロセスの改善: 面接時に、募集部署が候補者に対し、業務の厳しさや難しさも含めて正直に伝えること、候補者からも疑問点や不安点を率直に質問できる雰囲気を作ること、を徹底しました。
- 異動後の手厚いフォロー: 異動後、前述の人事面談を定期的に実施するだけでなく、募集部署側でメンター制度やOJT計画を整備することを必須としました。異動者向けのキャッチアップ研修なども実施しました。
導入による効果・成果
社内公募制度の戦略的な運用により、株式会社キャリアパスでは以下のような効果・成果が見られました。
- 従業員のキャリア自律意識向上とエンゲージメント向上: 制度導入後3年間で、延べ80名以上の従業員が社内公募制度を利用して異動しました。社内アンケートでは、「会社が自分のキャリアを支援してくれると感じる」と回答した従業員の割合が導入前の55%から78%に向上しました。これにより、従業員の会社に対するエンゲージメントも向上したと推測されます。
- 組織内の人材流動性向上と最適配置: 制度を活用することで、新規事業部門や戦略部門など、喫緊に人材を必要としていた部署に、外部採用に頼らず社内から適切なスキルを持つ人材を配置することが可能になりました。これにより、組織全体の課題解決スピードが向上しました。
- 離職率の抑制: 社内公募制度を利用した従業員の、異動後1年以内の離職率は1%未満に抑えられています。また、制度の存在が、一時的にキャリアに悩みを感じた従業員にとって、転職以外の選択肢となり、社内でのキャリア継続を促す効果も確認されています。
- 部署間連携の強化: 制度を通じて異動した従業員が、異動元と異動先のハブとなり、部署間のコミュニケーションや情報共有が円滑になる事例が多く見られました。
取り組みが成功した要因分析
株式会社キャリアパスの社内公募制度が成功を収めた要因は複数考えられます。
- 経営層の強いコミットメント: 制度導入の目的を明確に理解し、運用上の課題解決にも積極的に関与する経営層の姿勢が、制度の推進に不可欠でした。
- 人事部門の丁寧な運用と粘り強い調整: 制度設計、従業員・マネージャーへの周知、応募・選考プロセスの実行、異動元・異動先・異動者間の調整、異動後のフォローアップといった、一連のプロセスにおける人事部門のきめ細やかな対応が、制度の実効性を高めました。特に、現場マネージャーの懸念に対し、個別対話や具体的な支援策の提示を通じて粘り強く理解を求めたことが重要でした。
- 「キャリア自律」の企業文化醸成への注力: 社内公募制度を単なる異動システムとしてではなく、「従業員一人ひとりが主体的にキャリアを考え、会社はその支援をする」という企業文化を醸成するための一環として位置づけ、継続的なメッセージ発信や関連施策(キャリア研修、1on1の推奨など)と連携させたことが、制度の利用促進と定着に繋がりました。
- 制度の柔軟な改善: 運用開始後も、従業員やマネージャーからのフィードバックを収集し、応募資格や選考プロセス、フォロー体制などを定期的に見直す柔軟性を持っていたことも、制度が形骸化せず機能し続けた要因です。
今後の展望
株式会社キャリアパスでは、今後も社内公募制度を重要な人事戦略ツールとして位置づけ、運用を継続・発展させていく計画です。具体的には、海外拠点を含めたグローバルでの公募対象拡大、専門職や管理職層への適用拡大、キャリアカウンセラーの増員による相談体制の強化などを検討しています。
また、社内公募制度で蓄積された従業員のキャリア志向や異動に関するデータを分析し、中長期的な人材育成計画や組織開発戦略に活かしていくことも視野に入れています。従業員の自律的なキャリア形成を支援し続けることで、変化に強く、持続的に成長できる組織を目指しています。
まとめ
本記事では、株式会社キャリアパスの社内公募制度導入事例をご紹介しました。制度導入の背景には、人材配置の硬直化や従業員のキャリア停滞感といった課題がありましたが、丁寧な制度設計、粘り強い現場との調整、そして運用後の継続的なフォローと改善を通じて、従業員のキャリア自律意識向上、組織内の流動性向上、ひいては企業全体の活性化という成果に繋がりました。
特に、制度運用において避けられない現場マネージャーの懸念に対し、目的の再浸透や異動元への具体的な支援策を提示するなど、人事部門が間に入って調整役を担うことの重要性が示唆される事例と言えます。
社内公募制度は、従業員のキャリアを会社任せにするのではなく、自ら選択し、創り上げていくという意識を醸成するための強力なツールとなります。本事例が、多様な働き方を推進し、組織と従業員の双方にとってより良い未来を創造しようとされている人事担当者の皆様にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。